「わたしはクッキー」

  

 
 わたしはクッキーです。名前はどうでもいいんだけど、パパにいわせると‘いい名 前’なんですって。お菓子のクッキーじゃなくて、もっと深い意味がある。英語で 「何してるの?」というとき、"What's cooking?"というでしょ。それからとってい るんですって。
 わたしは何処でどう生まれたのか知らないけど、生まれてすぐに、この家に来るこ とになった。
 1985年の夏のことだった。「体の長さが12センチで手のヒラに乗ったんだよ」 とパパ。昔から猫が好きだったパパは喜んだけれど、ママの方は猫を飼ったことがな くて、どうしていいか、分からなかったらしい。でも、それはそのときだけ。今はマ マもわたしのことを本当に心から可愛がってくれている。 「私、もしクッキーがいなくなったらって、そのことを考えるだけで涙が出てくるの よ」って、ママは言っていた。もうだいぶ前のことだけど、ノラ猫に追いかけられて 近所の二階の屋根まで逃げていって降りられなくなったことがあるの。わたしは屋根 の軒下で一夜を明かしたんだけど、次の日の朝、暗いうちからパパとママが探しに来 てくれた。「クッキー、クッキー」って呼びながら。
 一生のうちでこんなに嬉しかったことはなかった。
 もう一つ怖かったことは、うちの前の道で車にはねられたこと。
 わたしが道を隔てたお向かいの庭で遊んでいたとき、「クッキー」とパパの呼ぶ声 に夢中で飛び出してしまって、走ってきた車にはねられた。体がしびれて頭が真っ白 になって何が起こったのが分からなかった。パパとママは、すぐ病院へ連れて行って くれた。その後遺症で右足の神経が利かなくなったけど、生きていてよかった。
 「クッキーは、あ行の魚が好きだよね」とパパは言う。そう。あゆ、いか、うなぎ、 えび、おこぜ。それからペットフードはフィリピン製のまぐろ白身がおいしいな。嫌 いな魚は、さけとさんま。
 時々、わたしは無性に‘狩り’をしたくなるときがある。スズメ、トカゲ、それか らヤモリ。くわえてきて追っかけ回していると、ママが必ず「クッキー、やめなさい」 というの。でも、そうはいかないの。「猫は狩りが本能」なのよ。知ってる? 獲物 がいないときは、自分のシッポでもいいんだから。
 朝起きたときも、外から帰ってきたときも、パパもママもわたしの名前を呼ぶ。
 ちょっと、うっとうしいこともあるけど、そんな時わたしは、ここで二人に会えて よかったなあ、って思う。で、わたしも真似して、外から部屋に入ったとき、必ず大 きな声で「ニャーオ」と呼びかけることにしているの。これからも3人で仲良く暮ら して行きたいニャー。

  

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