SL320の快適な旅

  

人を夢心地にするもの

 世の中で人を夢心地にさせてくれるものは、そう沢山あるわけではない。人はある程度の年齢になると、何を見てもそれぼど驚かなくなるものだ。私も運転歴が40年を越え、どんな車を見ても大きな感慨を感じることがなくなってきた。ところが、メルセデス・ベンツSLには昔と変わらない興奮と感動を感じてしまうから不思議だ。
 いつの時代でも、メルセデスは先端的な乗用車を作り続けてきた。同時に、そのエンジンやシャーシーなどを使ったSLという二人乗りのスポーツカーも作ってきた。  それは、スポーツカーなので、レースやラリーで活躍できる高い性能を誇っているのだが、日常の”足”にプラス・アルファを求める人が好んで乗る優雅でおしゃれな車でもある。
 最新のSL320に乗ってみる。何よりも”操縦する楽しさ”が伝わってくる。まず、コックピットがすばらしい。ピカピカにみがかれた木目センターコンソールは、Sタイプと大差ないが、こちらの方がより魅力的に目に写るのは何故だろう? ドラマが生まれそうな趣きがある。こじんまりした室内寸法のせいか? プライベートで優しい空間だ。
 次に目をひきつけるのは、整然と並んだアナログ式の5つの丸いメーターで、中央が速度計、その両側にエンジン回転計とエンジンオイル温度計やラジュエータ水温計、その外側には、それぞれ独立した燃料計と時計。どのメーターもデイテイルに至るまで繊細で美しい。
 あまり、メーターの美しさに魅せられて、すっかり忘れていた。センターコンソールの上の赤いボタンを押してみよう。天井の幌がスルスルと後方へ移動して畳まれ、突然、明るい日光が降り注いでくる。果てしなく広がる空が目の上に現われる。
 ドアの内側には、ほかのメルセデスと同じに、シートの断面の形をした小さなボタンがある。このボタンとステアリング・コラムの下についているレバーを動かして、ドライビング・ポジションを自分の好みに合わせる。ドライブの前のちょっとした儀式だ。革張りのシートは適当な固さで身体を支えてくれる。あとはギア・レバーをDにシフトしてアクセルを踏めばいい。 SLは、手品のように、あなたを夢の世界へいざなう。
 その質感あふれたパワーステアリングで、あなたは車の方向をコントロールし、好きなように振り回すことができる。ジグザグ・ゲートの間を動かすレバーで操作する5段トランスミッションはエンジンの能力を的確に後輪へ伝える。勿論、急な坂道を降りるときなどには、望みのギアを選べる。3、2リッター224馬力のV6エンジンは、アクセルを踏み込めば、電気モーターさながらに軽い唸りをあげて回転を上げ、車は30kmhからでも90kmhからでも、スムーズに素早く加速する。それは、ハイウエイを疾走するときも、曲がりくねった山道を走り抜けるときも。低速時でも高速時でも、いつでも感触は変わらない。
 この車は話しかければ、答えが返ってくる。車の方から語りかけてくる。1日中運転していても、退屈することはない。
  SL320は、1954年にデビューした300SL/190SLから数えて10代目にあたる。それから45年、時代は変わっても、SLを見る人の熱いまなざしは変わらない。人を夢心地にするものは時代を超越している。 

・メルセデス・ベンツSL320。全国希望小売価格:990万円。
3199cc V6エンジン(224馬力)。
5速A/T変速機。
10・15モード燃料消費率:7.9km/リッター。                               

(日本ダイナースクラブ「シグネチャー」1999年6月号)

  

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