アメリカの音

  

 人は誰でも最初の感動を忘れない。それは視覚に訴えるものだったり、味覚だったり聴覚だったりする。私にとってのそれはアメリカの音だった。 アメリカのカーラジオの音色。私が中学生だった頃、日本で車を持つことは夢のまた夢、アメリカのクルマに乗せてもらうのが無類の喜びだった。その時に聞いたラジオの音の良かったこと。本当にうっとりした。低音のアナウンサーの声、トランペットの響き、サックスのユニゾン、それにボンボン響くベース。これは正に私の’音の初体験’だった。
 それから30年も経って、私は、渋谷で偶然、アメリカの音に出会った。ラジオの音ではなかったが、あまりキレイなので調べてみると、1940年代に開発されたアルテック・ランシングの「ボイス・オブ・ザ・シアター」というスピーカーからその音は出ていた。
 そのとき分かったことは、スピーカーだけではちゃんとした音質は得られないということだった。アンプやカートリッジが出てくる音に影響を与える。それが私をオーディオという趣味にはまりこませた。私はその劇場用のスピーカーと同じ頃に作られたプロ仕様のアンプを手に入れ、自分の小さな部屋へ運び込んだ。もちろん、その時代のLPレコードのプレーヤーも一緒に。これは若いからできたことだったのだろう。
 真空管は独特の形をしていて、中には電極が重なっている。真ん中にフィラメントが淡い色で点火している。これを見ているだけで、私はセンチメンタルになる。
 このアンプはきっと、アメリカのどこかの映画館か劇場で使われていたものだろう。技術革新の波の中で真空館アンプはトランジスターアンプに取り替えられ、もしかしたら、そのまま解体されるか捨てられる運命にあったろう。それが縁あって私のところに来た。よくぞ、ここに来てくれた!
 今はトランジスタのコンパクトなオーディオ・アンプがどれでも”ふつう以上の音”を再生する。そうなったときに真空管アンプの音は前世紀の遺物なのか?私はそうは思わない。トランジスタは音という情報を伝えるには充分だが、音色に”ぬくもり”がないし、微妙な陰影を描いてはくれない。真空管にこだわり続ける私は、メインアンプのほか、プリアンプからチューナーまで全部真空管にしてしまった。
 今、新しい活躍の場を得たスピーカーとアンプは、アームストロングやエリントン、あるいはオルマンディやフィードラーの1950年代を美しく奏でている。
  

  

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